アムネスティ・インターナショナル日本 神奈川連絡会 

夏休み企画(ユース世代(30歳以下)とユースサポート対象)

元子ども兵士ミシエル・チクワニネさん(コンゴ民主共和国)が語る体験

 ~子どもの権利条約30周年を迎えて~

 

8月25日に元子ども兵であり、活動家であるMichelさんを招いたイベントには30名を超える多くの方々にお越しいただきました。

以下、講演内容を報告します。

 

<<Michelさん 講演内容>>

  • 私は、コンゴ民主共和国から来ました。コンゴはアフリカで3番目に大きな国です。
  • 私の父は技術者であり、カンフーをしたり、サッカーをしたり、色々なことをしていました。
  • 父は常に何か新しいことを学びたいと考えていました。身長2m弱、体重160kgの大きな人でした。
  • 母は事業家で色々なことをしていました。服などを作っていました。
  • 一番上の姉は、カナダのオタワに住んでいます。2番目の姉は、難民としてウガンダにいます。妹は、カナダのオタワにいます。
  • コンゴは1990年代、独裁者のもとにありました。独裁者は、国は自分の私物で、何でも思い通りになると考えていました。彼は国の多くの利益を自分のものにし、政府に対して抵抗する者を刑務所に入れたりしました。軍隊は給料が払われていませんでした。兵士が独裁者に「給料を払ってくれ」と訴えましたが、彼は「給料が欲しければ、自分たちで取ってこい」と言われていました。軍隊は、夜間外出禁止令を出すようになりました。夜7時以降に外に出ている人は、軍隊が見つけ次第、身ぐるみをはがされました。
  • 父親は、家族に門限を設けるようになりました。
  • 彼自身が人権活動家でもあり、標的にされていたからです。
  • 父親は6時までに帰宅するように言いましたが、私は5歳でした。
  • 軍隊が何をやっているのか、何が起こっているのか判っていませんでした。
  • その日、父親から「6時までに帰って来い。帰って来なければお仕置きするぞ。」と言われました。
  • 放課後、家に帰らずに、年上の友達「ケビン」と校庭でサッカーをしていました。
  • ゴールが決まって、ボールを取りに行った時に、軍隊のトラックがいて、兵隊が降りて来るのが見えました。
  • ケビンに「なぜ、沢山の兵隊が来ているのか」尋ねましたが、「自分たちのサッカーを見に来ているのだから、気にしなくて良い」と言われ、ボールを蹴りました。すると、背後で銃声がしました。振り返ると、友達の1人が地面に倒れていました。
  • 私は、心臓がバクバクして、パニックになっていました。ケビンが兵隊に連れていかれそうになっているのが見えました。何人かの子どもたちは殴られていました。私は、ケビンが連れていかれるのを止めようとして殴り掛かりましたが、銃の柄で殴られて気絶しました。
  • 気がついた時には、トラックの荷台に載せられでこぼこした道を走っていました。ケビンの姿は見えず、私は泣いて「家に帰してくれ」と言いましたが、兵隊たちはただ私を見て笑っていました。
  • トラックから降ろされ、円状に並ばされました。すると、司令官がやってきて「お前らを軍隊に迎え入れる」と言われました。1、2と数えさせられ、2列に並ばされました。私は1の列でした。腕をナイフで切られて、火薬とコカインを混ぜた粉末状のものを傷口に摺り付けられ、包帯を巻かれました。薬で、頭が少しおかしな感じになりました。
  • 私は、目隠しをされ、AK47という自動小銃を持たされましたが、重かったので地面に落としました。兵隊が私の手をつかんで、銃を握らせて引き金に指を入れさせました。何回も「撃て、撃て」と言われて、撃ちました。
  • 撃った後に、目隠しが外されました。ケビンが血の海の中で横たわっていました。銃声がしたので、地面に伏せているのだと思い、駆け寄りました。何度語りかけてもケビンは返事をしません。ケビンをひっくり返すと、血が流れていていました。何もしゃべらず、涙を流していました。
  • 私は、5歳にして一番の親友のケビンを無理やり殺させられました。話すことは容易いことではことではありません。いつもケビンの顔が、頭に浮かびます。
  • それから2週間、軍隊の訓練を受けさせられました。
  • ある日、訓練として、「村を襲って食料や薬を奪って来い」と言われました。司令官が「行け」と言って、子どもたちは、走り出しました。右側を見ると森がありました。森を見て、私は逃げようと思い、森に向かって走り出しました。三日三晩、ジャングルの中を逃げ、町に着きました。町の人が、私を家まで届けてくれました。

 

 

  • もっと話すことはできますが、(私にとって)話すことは大変なことです。
  • 私は、同情して欲しくて、この話をしているのではありません。私の話は、特別なものではありません。世界に子ども兵士が25万人以上いると言われており、たくさんの戦争で、戦わされています。
  • 私には、師がいます。カナダ軍で働いていた人です。彼が私に教えてくれたことの1つに、子どもたちが誘拐されて子ども兵にされるのは、ただ単に戦争に狩り出すためではなく、戦争の状態を維持させるために誘拐するということがあります。
  • カナダ、アメリカ、フランス、ドイツなどは、子どもたちが簡単に使える小型の武器を売っている。アメリカは、サウジアラビアに3,500億ドルの武器を送っており、子どもたちを殺すことにつなっがています。
  • 国連の加盟国の中で、先進国はGDPの0.7%を貧困対策や教育に使うことが、ルール化されています。子ども兵士が生まれるのは、ただ単に子どもが誘拐されるからではなく、その背景には、貧困や飢餓や教育の問題、福祉へのアクセスがないことがあります。先進国の中で、GDPの0.7%を達成しているのは、たった6っか国です。私はいつも悲しくなるのですが、子どもの悲惨な状況を改善しようとする国がある一方、武器を売却する国があり、武器売却が子どもたちを苦しめている。
  • 変えることは難しいことですが、自分は何かをしないといけないと考えました。私たちが全員そのような体験をしていると思います。特に、NGOで働いていたり、社会的な活動していると、何かのタイミングで怒りを感じて、何かをしなければならないと感じると思います。
  • 私は、何かをするときに恐れを克服することをまず考えます。私は今、アメリカについて話していますが、世界一の国のアメリカに対して、 私個人は小さいカナダ在住のコンゴ人だからです。
  • 私は、話をする時にたくさんの勇気を必要とします。私は父親に勇気を与えてもらいました。父親は人権活動家でもありました。私にとってのヒーローは、コンゴのパトリス・ルムンバです。彼は、厳しい植民地時代にコンゴのために立ち上がりました。彼のおかげで、現在のコンゴがあります。もう一人は、ガーナのクワメ・エンクルマです。彼もイギリス統治下の厳しい時代に立ち上がりました。2人が強大な帝国と戦って、軍隊もなく独立を勝ち取るとは、だれも考えていませんでした。私たちも変えることができます。変化は、特別な人ではなくて、普通の市民が起こしてきたからです。
  • 特に、若い人には、旅をすることを勧めています。実際に行って自分の目で見てください。
  • 日本で、アフリカというと、暴力とか、戦争というイメージがあるかもしれませんが、アフリカは大きくて多様な国です。次に言いたいことは、“政治にかかわって下さい”ということです。私たちのリーダーが何かを決めるということは、目に見えないことかもしれませんが、日本だけでなく、世界すべてに影響を及ぼしています。リーダーを見る時は、日本だけでなく、世界について考えているかを見てください。
  • カナダの若者は、貧しくて、投票に行かなくなっています。投票に行かなければ、別な人があなたの代わりに政治を決めてしまいます。日本の利益だけでなく、世界にとって良い選択を考えているグループに参加してください。さらに言いたいことは、“仲間を見つけてください”ということです。
  • 私の父親な亡くなる前にこのようなことを言いました。「偉大な人は、富や成功によって称賛されるのではなく、私たちのために何をしたのか、心を通じて称賛されるのだ」。

<<講演終了>>

 

続いて、参加者で少人数のグループを作り、感想や気になったことを分かち合う時間を設けました。そして、質疑応答の時間を最後に設けました。

 

Q. 子ども兵だった時の恐怖から、どうやって立ち直ったのですか?

A. 子ども兵士の恐怖より、父親との6時までに帰るという約束を破ったことの方が恐怖でした。家に帰ってから、父親がコミュニティに戻そうと、色々な手助けをしてくれました。

 

Q. どのくらいの期間、子ども兵士だったのですか?

A. 2、3週間です。とても、幸運でした。人生の全てを子ども兵に費やして亡くなった子どもをたくさん知っているので、私は幸運でした。

 

限られた時間の中でしたが、Michelさんのお話から人権や市民として声を上げることなど、日本社会で生活する上でも大きな学びをいただけました。ありがとうございました。

【イベント概要】

日時   2019年8月25日(日) 14:00-16:30(受付開始 13:30)

場所   かながわ県民サポートセンター7F  711ミーティングルーム

講演者 ミシエル・チクワニネ(コンゴ民主共和国 元子ども兵士)

参加費  無料

申込   不要

主催    アムネスティ・インターナショナル日本 神奈川連絡会

協力    認定NPO法人 フリー・ザ・チルドレン・ジャパン

                 Waku Up Japan

 

*通訳あり

【講師略歴】

ミシエル・チクワニネさん

 

1988 年 1 月生まれ。コンゴ民主共和国出身、現カナダ・トロント在住。

5 歳の時に誘拐され子ども兵士として紛争に巻き込まれ、想像を絶する苦しみや試練を乗り越えた経験を持つ。

紛争下で育ち、政治的信条のもと立ち上がった父親が拷問を受け殺害される現場や、レイプされる母親を目撃した。自身も拷問を受けるなどの経験をもつ。彼の父親を含む 580 万人以上が命を落とした内戦時代に育ったミシェルは、戦争による死と腐敗で暗黒の少年時代を過ごした。

11 歳の時、難民となって故郷を離れ、以後アフリカ国内で避難生活を送り、多くの問題に直面するが、同時に力を合わせて生きるコミュニティーの美しさも知る。その後、難民認定を受けカナダ国籍を取得し 16 歳の時にカナダへ移住。国際NGOフリー・ザ・チルドレンのカナダのモチベーション・スピーカーとして活動を始め、北米の多くの人々、特に子どもや若者に訴えかけ、勇気を与え、今までに10万人以上の前で語ってきた。

また、途上国の貧しい地域の学校を訪れ、子どもたちに自身の体験談や、変化を起こせる能力を一人ひとりが持っている事を伝え励ました。彼のスピーチを聴く者に希望や変化への情熱を与えている。

2012 年、2013 年、2014 年と過去3回来日し各地で講演会を行った。日本テレビ「世界一受けたい授業」に出演し、2013年2月に番組が放送された。著書に「ぼくが 5 歳の子ども兵士だったとき‐内戦のコンゴで‐」(汐文社刊)がある。